また桜が咲いた
1.はじめに
のんのんびより のんすとっぷ(3期)の最終話(12話)を観た。あまりにも良かったので(まだ観たていない人は是非観てほしい)感想を残しておきたいと思いつつうまく言葉にできずにいたところ、あるフォロワーの方の投稿を見かけた。(掲載許可ありがとうございます)
「田舎故に子供の数が少なく地域社会のつながりも密なので異世代間コミュニケーションの頻度がすごく多い」がのんのんびよりの人間関係の特色と考えると、あの重層的な親子姉妹師弟関係をすべて見せたうえで、れんげの姉としての自覚を決定的にしたお話だったわけだからな
— じゅけい (@capp_10k) 2021年4月3日
まさにこれだ、と思った。そこで、 この内容を元に、自分なりに本最終話、さらにはのんのんびより という作品について書いてみようと思う。
便宜的に、話数はアニメのものを用いる。
2.承継
3期の物語を一言で表すなら、宮内れんげ(以下、れんげ)が「姉」になる物語だ。すなわち、今まで村のみんなから妹のように面倒をみられ、大切にされてきたれんげが、生まれて初めて年下のしおりと出会い(3期4話)、今度は自身がしおりの面倒をみるうちに、徐々に「お姉ちゃん」としての自覚が芽生えるようになる。最終話では、そのしおりにもまた妹・かすみ(こちらは血縁としての妹)が生まれる。そして、れんげは、将来かすみが学校に行くようになったとき面倒をみることを約束するのである(12話)。

ここからわかるのが、のんのんびより という物語は、自らが年長者から与えられてきたものを年少者にまた与えていくという承継の物語であるということである。そして、れんげが物語で度々口にする「お姉ちゃん」(=「姉」)とは、このような与える側の立場を意味している。(具体的に何を与えるのかは一言で説明するのは難しい。「面倒」や「世話」では言葉として軽すぎる、思い出や愛を包含した何かである。適切な言葉が思い浮かばないが、「愛情」が近い気がするので便宜上そう書く。)
そうしてみると、3期は多くの話が、誰かが誰かの「姉」としての側面が強いものであったことがわかる(もちろん他の期においてもこのような話は多い)。特にその傾向が強いものを挙げれば、
1話では、富士宮このみ(以下、このみ)は篠田あかね(以下、あかね)の人見知り克服の背中を押す。このみとあかねはれんげにリコーダーを教える。
2話では、このみと小鞠が蛍にお姉ちゃんぶる。また、このみが小鞠の小さい頃よくおんぶをしていた話が出てくる。
3話では、宮内ひかげ(以下、ひかげ)は、越谷夏海(以下、夏海)が怪我をして迷子になったところを迎えにくる。
4話では、れんげが眠ったしおりをおんぶして布団へ運ぶ。
7話では、夏海がれんげの捕まえたカニ(お塩)の水槽づくりを手伝う。
8話では、このみにお世話になったことをあかねが強く自覚する。
11話では、宮内一穂(以下、一穂)と加賀山楓(以下、楓)が酔っ払ってれんげやみんなの成長を喜ぶ。さらに一穂は楓が優しく育ったことをも嬉しがる。
12話は、上に書いた。
れんげはこれからしおりやかすみに愛情を与えていくことになるが、れんげもまたそれを小鞠・夏海・蛍に与えられてきた(これは言わずもがなである)のであり、彼女らもまたひかげ・このみから与えられてきたのであり、ひかげ・このみもまた楓・一穂から与えられてきたのだろう。原作には、一穂も越谷母に面倒をみられてきたという話も出てくる。このように、れんげは連綿と与えられ、承継されてきた愛情を、今度は与え、承継する側、すなわち「姉」になるのである(※1)
小鞠・夏海・蛍と一口に言ってもその内部で小鞠→夏海(1期3話など)や小鞠→蛍(2期2話など)の関係がある(このみ→ひかげ、一穂→楓も同様である。)。また、当然ながら、例えば楓はこのみ・ひかげのみに愛情を与えてきた訳ではなく、その下の小鞠・夏海・蛍や、さらに下のれんげに愛情を与えているのであり、矢印は幾重にも伸びている。その意味で、この関係性は重層的である。
※1:そう考えれば石川ほのかがれんげにとって特別な存在であることがよりよくわかる気がする。ほのかはれんげにとって、人生で唯一の、与えられる側でも与える側でもない人間なのである。
3.大人
ところで、12話にはこのようなシーンがある。

このみは、れんげがしおりを引き連れて遊ぶ(ここには「姉」感が満ちあふれている)様子を見て、感慨に浸る。このみが専ら(※2)下の世代に愛情を与え、見守る側になったことが端的に示されている。
そして、この前話(11話)において、大人である一穂や楓が下の世代の成長を喜ぶのも、下の世代を見守る視点そのものである(酒は大人という立場を強く感じさせる舞台装置である)。
つまり、このみは、一穂や楓と同じ大人になったのだ。一穂や楓に愛情を与えられてきた方であったこのみがだ。自らもまたひかげに、小鞠や夏海に、蛍に、れんげに「姉」として与えるうちに、このみは大人になったのである。これは、一穂や楓が通ってきた道である。
一方、上のシーンでひかげはこのみの感慨に対し、「なんだそりゃ」と返す。本当にピンときてないのかもしれないし、少し思うところがありつつも茶化しているのかもしれない(何となく後者な気がしている)が、とにかく素直に肯定するほどの強い共感には至っていない。しかし、このみが大人になった今、次に大人になるのはひかげであり、その意味で彼女は過渡期にある(※3)。このみが感慨をあえてひかげに口にしたのも、遠くない未来に自分と同じく大人になるひかげへのシンパシーかもしれない。
そして、大人になっていく彼女たちの姿は、れんげの未来の姿でもある。なぜなら、れんげもまた、ひかげやこのみがしてきたように「姉」への一歩を踏み出したからだ。
※2大人が「専ら」与える側とは書いたが、大人になった彼女たちがもはや上の世代(「姉」)たちから愛情を与えられないわけではない。11話でも、一穂は大人の楓の成長を喜んでいる。大人になっても、その「姉」は「姉」のままなのである。
※3:このように考えると、お年玉回(3期10話)で率先して(ひかげを陥れるためだが)お年玉をみんなに配るこのみとこのみに倣って(陥れられたのだが)お年玉をみんなに配るひかげというシーンは、大人になっていく暗示とみることもできるだろう。
4.まとめ
れんげは「姉」になり、これからしおりやかすみに愛情を与えていく立場になる。それは、蛍が、夏海が、小鞠が、(卓が、)ひかげが、このみが、楓が、一穂がそうしてきたようにである。そして、れんげがみんなに与えられてきた大きな愛情を、れんげもまた与えていくのだろう。
やがてれんげも大人になる。一穂が、楓が、このみがそうしてきたように、ひかげが、(卓が、)小鞠が、夏海が、蛍がそうするようにである。そして、れんげも大人になった時には、楓がれんげに抱くような感情を誰かに抱くのだろう。
小さかったれんげが「姉」になり、大人になっていく成長を思うと、目頭を熱くせずにはいられない
。
3期12話ほど美しい最終回もなかなかないと思う。今まで作品を通して描かれてきたものは、れんげたちの未来そのものであり、一穂たちの過去そのものだ。その意味で、最終回は、作品全体の内容を媒介して、れんげや、それだけではなく全ての登場人物の小学一年生から大人になるまでを(この観点においては)知らず知らずのうちに想像させてくれる仕掛けになっているのである。
でも、やっぱりれんげが中学生になってしおりやかすみと過ごす日常もこの目で見て見たい。いつかスピンオフが描かれるのを楽しみに待とうと思う。どうか…

さみしいも、たのしい。たのしいも、さみしい。
1.はじめに
『ゆるキャン△ SEASON 2』が始まった。ゆるキャン△はキャンプの話であると聞くと、野山でのキャンプを想像する人が多いかと思う(し、確かに野山でキャンプするアニメである)。しかしながら、ゆるキャン△はただキャンプをするにとどまらず、登場人物はキャンプに付随して近くの温泉に行ったり、その地の名物を堪能することが多く、自分が最も強く惹かれる部分は、キャンプ自体以上に、むしろそのような旅の空気感の丹念な描写にある(キャンプ自体ももちろん良い。自分はキャンプをしたことがないので実感としてピンとこないだけである)。
そして、ゆるキャン△の偉大な点は「ひとり旅」の良さと「みんなで行く旅」の良さの双方を描く点にある。ソロキャンプを好む主人公・志摩リンと、一方で、みんなで行くキャンプを好むもう一人の主人公・各務原なでしこが基本的にはそれぞれ別々にキャンプをしながら話が進んでいく、という展開構造がそれを可能にしている。特に、『ゆるキャン△SEASON 2』は、そのキービジュアルにおいて「さみしいも、たのしい。」「たのしいも、さみしい。」をコンセプトとしていることからも、「ひとり」と「みんな」の対比が一つのテーマに据えられているものと思われる。
今回は、このようなテーマを持つ『ゆるキャン△』の「ひとり」と「みんな」の描き方の良さ、そして、日常系の「ひとり」観に新たな視点を与えるだろうという話をしていきたい。こいついつも日常系の話してんな。


2.これまでの日常系にみられた「ひとり」観
日常系にみられる一つの類型として、
「ひとりがちな主人公がもう一人の外向的な主人公と出会い、徐々に幸せを獲得していく」というものがある。
代表的なものに、『ご注文はうさぎですか?』、『ハナヤマタ』、『きんいろモザイク』(特に、『きんいろモザイクPretty Days』の綾と陽子)などがある。主人公が日常の中で幸せを獲得していく過程や心境の変化を丁寧に描写するものが多く、そこに、幸せになってよかったというエモが生じる。
一方で、主人公はひとりがちでありながら、「ひとり」であるとはどういうことなのかはあまり触れられてこなかったように思う。すなわち、物語の展開は主人公の「ひとり」から「みんな」への片方向に進んでいくため、元来主人公がそうであった「ひとり」の状態よりも、むしろ「みんな」でいるとはどういうことかに焦点があてられてきた。
ここで一つ注意しておきたいのは、このような作品も「ひとりは不幸であり、みんなでいることが幸せ」という価値判断はしていないということである。主人公は初めからひとりがちで友達の少ない自分に対し少なからぬコンプレックスを抱えており、その場合に友達が増えることが幸せにつながることは当然の帰結である。この場合、志摩リンに代表される「ひとりでいることに充足している人」に対しての価値判断は何ら含んでいない。
※もっとも、ひとりでいることにコンプレックスのある主人公像を措定すること自体、作者ないしは社会の「ひとり」への否定的な価値観が背景にあるかもしれないことは否定できない)
3.ゆるキャン△の「ひとり」観
ゆるキャン△も、一見すると上の類型に属するように思われるかもしれない。確かに主人公・志摩リンはひとりがちだし、もう一人の主人公・各務原なでしこは外向的である。しかし、はじめに述べたように、ゆるキャン△は「ひとり」と「みんな」の対比を描いており、上の類型とは明確に趣を異にする。
「ひとり」と「みんな」がどのような形で対比されるのか、ひいては上の類型とどのように異なるのか、もう少し詳しく見ていきたい。
志摩リンは、キャンプは「ひとり」で行くのが最良と考えている節があった。特に物語序盤では、なでしこが「みんな」でキャンプに行こうと誘うのを拒絶していたが、アニメ1期の最後では「みんな」でクリスマスキャンプに行ってみることにする。そして、「みんな」とのキャンプも悪くない、と思うようになるのだった。

ここからが肝だが、リンはそこで「みんな」とのキャンプに鞍替えするわけではない。もっと言えば、その後もソロキャンプを続ける中で、リンはむしろ、「ひとり」のキャンプの良さを再認識するのである。

一方で、「みんな」とのキャンプを好んでいたなでしこもまた、リンのこの言葉を受けてソロキャンプに挑戦する。そして、「ひとり」のキャンプも堪能しつつ、「みんな」とのキャンプに思いを馳せるのであった。(せっかくアニメでやるはずなので、細かい描写はアニメのお楽しみである)
4.終わりに
以上に見てきたように、ゆるキャン△においては、「ひとり」と「みんな」は双方向である。「ひとり」を好むリンも「みんな」を楽しみ、「みんな」を好むなでしこも「ひとり」を楽しむ。そして、お互いの楽しみを受容して味わえるようになるところに、彼女たちの成長がある。また、それによって、「ひとり」と「みんな」は互いを高め合う関係にある。リンは「みんな」を楽しむことでより「ひとり」の良さを再認識し、なでしこは「ひとり」を楽しむことで「みんな」の良さを再認識する。
これこそがゆるキャン△の描く「ひとり」と「みんな」の美しさである。リンにより語られる「寂しさを楽しむ」という感覚それ自体もまた味わい深い。
そして、「ひとり」を楽しむ者の存在(と、楽しみの内容)はそもそも今までの日常系では観念されてこなかった主人公像であり、それに伴い、「ひとり」と「みんな」の関係も、片方向だったものから双方向、相補的関係へという画期的な視点を日常系に与えたと言って良いだろう。この視点はこれから現れるべき日常系に受け継がれるかもしれないし、受け継がれないかもしれない。
(不安になったので書いておくが、この記事はこれまでの日常系を否定するつもりは毛頭なく、それらも他に変えがたい魅力のあることは昔記事に書いたとおりである。「ひとり」の視点のないことが欠陥であるとは思わない。)
アニメ『のんのんびより』の時系列を整理しよう③
3.『のんのんびより のんすとっぷ』
3期である。終わってしまったが、彼女たちの刻は止まらない。
最後に1年の表を乗せておく。
3-1 カエルの歌を吹いた

①れんげ、カエルの歌を吹こうとしてドの音を失敗する
小鞠が「蛍は今度の連休どっか行くの?」と言っていることから、連休前の週か。4月27日(月)か28(火)。暫定的に4月27日(月)とする。
②みんなで爪楊枝で人形を作る
①と同日=4月27日(月)。給食にカレーが出ている。
③あかね、れんげにリコーダーを教える
休日。①と、これが連休中の出来事でない(このみが「今度の休日」と言っており、連休だったら「今度の連休」と言うんじゃないかと思う)ことから、4月29日(水・祝)。1-2②にはれんげは出てこないから、1-2②も同日としてよい。同日だった方がなんかいいので1-2②は4月29日(水・祝)とする。1-2①は4月28日(火)。
④れんげ、牛にカエルの歌を聴かせる
平日。れんげは③でドが吹けるようになってはしゃいでいるはずなので翌日=4月30日(木)。

3-2 蛍が大人っぽかった?

①みんなで野菜の苗を植える
一穂が「日曜なのに悪いねえ」と言っていることから、日曜日。口ぶりから連休中ではなさそうなので、5月10日以降の休日。ここで、(①、②、③)=(10,17,24),(17,24,31),(24,31,7),...となるところ、(24,31,7)から後にずらすと夏海と小鞠の家出が7日(1-3③)である事や、それ以降のイベント(2-4)と矛盾するから。(10,17,24)か(17,24,31)。5月10日(日)とする。
②あかね、越谷家でみんなとクッキーを作る
①とは別の休日=5月17日(日)とする。蛍の部屋にこまぐるみが大量にあることから、1-2②より後。
③蛍、このみに恥ずかしいところを見られる
②とは別の休日=5月24日(日)とする。

3-3 昔からこうだった

①ひかげ、帰省する ひかげ・夏海、盆栽を割ってしまう ひかげ・夏海、喧嘩する
ひかげがこの日帰省してきている。1-4②の帰省の時とは別なので、2-7でひかげがいる事に対応した帰省か。そうだとすると1-5と2-7の間。
②ひかげ・夏海、回想に耽る
①と同日。
③ひかげと夏海、仲直りする れんげと3人で秘密基地に行く
①の翌日。

3-4 トマトを届けるサンタになった

①れんげ、トマトを届ける しおりに出会う
不明。
②れんげ、駄菓子屋と遊ぶ
不明だが、れんげや駄菓子屋の服が違うので①と別日。
③れんげ、コスモス刑事になる
不明だが、れんげの服が違うので②と別日。まだひかげがいるので、2-7からそんなに離れていない(2-7との前後も不明)。


3-5 ものすごいものを作った

①蛍、メカこまぐるみを作る
不明。
②あかね、このみとの練習の日程を間違える
①と同日。
③蛍・小鞠・あかね、おしゃべりする
②を「この前」と言っているから、少なくとも2、3日はあとか。
(追記:諸要素により3-6①と同日。劇場版③参照)

3-6 みんなでキャンプに行った

①れんげ・一穂、キャンプを楽しみにする
②の前日=8月24日(月)。
②みんなでキャンプに行く
①で出てきたカレンダーより、8月25日(火)。
(カレンダーは2021年8月のものだったので、正確には25日(水)だが、この記事では2015年とし(記事①参照)、それに準拠する。③も同様である。)
③夏海・ひかげ、宿題をボイコットする
蛍が学校の準備をしているため、新学期(1-7①)前日=8月31日(月)。
ところで、前日(1-6)にはひかげがいないため、ひかげはこの日帰ってきたと思われる。ひかげの学校は私立高校と考えられるため、少し始業式が遅い(9月3日くらい?)のだろう。折角集中して宿題するために実家に帰ってきたのにあんな目にあったと思うと微笑ましくも気の毒である。
あと夏海の部屋に劇場版でれんげが描いた絵が飾ってあってめっちゃエモい

8月・9月
3-7 ハラハラする秋だった

①明日は授業参観
②の前日=10月13日(月)?
②授業参観
れんげが8×3=24を答えているから、このみにかけ算を教わった2-10①より後か。一方、みんなが夏服を着ているが、2-10③では冬服のため、これより前。そうすると、暫定的に定めた2-10③の日付を遅らせ、これを10月14日(火)(前日が平日のため)とすべきか。
なお、2-10③で一穂が買っていた枕は、楓が一穂に「別に大丈夫っすよ。(授業参観に来た)代わりに今度うちで何か買って行ってくれれば」と言ったことを受けたものだったということになる。
③れんげ・しおり、哲学する
月の満ち欠けの様子から、10月24日(土)。
④れんげ・夏海、お塩の家を作る
休日=10月25日(日)?なお、お塩の登場は1-4①、光り物親方の登場は2-9①。

3-8 先輩はもうすぐ受験だった

①あかね・このみ、祭りに行く あかね、このみに感謝の気持ちを伝える
②と同日=10月28日(水)。
②このみ、越谷家に泊まる 夏海、襖を破る
①と同日。満月なので、10月28日(水)。
③あかね、このみの家に泊まる このみと卒業後も一緒にフルートの練習をすると約束する
休日。終盤であかねが「(明日は)夕方には帰ろうかなと」と言っていることから、土日のうち土曜日。②と近そうなので、10月31日(土)ではないか。
そうすると④は11月1日となり、1-8②と同日となるが、これはおかしい一方、④のれんげは1-8③と同じ服を着ており、④のあと山に絵を描きに行った(1-8③)と考えて矛盾はない。そこで、暫定的に決めていた1-8②、③、④の日付を10月25日(日)、11月1日(日)、11月3日(火)と前にずらす。
④あかね、れんげに嬉しそうと指摘される
③の翌日=11月1日(日)。


3-9 おいしいごはんを作った

①小鞠、留守番中にイタチと格闘する
不明だが、休日である。イチョウの落ち葉の描写があるから11月頃である。②③も踏まえ、11月8日(日)とする。
②小鞠・蛍、編み物を交換する
①と別日かつ休日。③、1-9②を踏まえ、11月15日(日)とする。
③小鞠、料理を作る
②と別日かつ休日。小鞠・夏海が1-9③(11月29日)と同じ服を着ているが別日であり、2日連続で同じ服を着ることも考えにくいから、28日(日)ではない。そうだとすると、11月23日(月・祝)か。

3-10 寒くなったりあったかくなったりした

①ひかげ、お年玉をねだって回る
正月だが、みんなが1-10②、2-11④(1月1日)と別の服を着ているため、1月2日(土)?
②れんげ・ひかげ・夏海、吹雪の中コントをする
③以降もかなり雪が積もっているので、③の直近=1月6日(水)?
なお、同じく吹雪だった1-11①で「急にバス走らなくなるくらい雪降るんだもんなあ」と言っているから、1-11①とはだいぶ期間が空いていると思われる。よって、1-11①は2月の出来事と思われる。
③れんげ、ほのかと再会する
④の前日=1月7日(木)。
④れんげ、ほのかと遊ぶ
③の翌日だが、③ではあった門松がなくなっているから、1月8日(金)(門松は1月7日まで飾るのが一般的だそうである)。
⑤れんげ、ほのかにさよならを言う
④の翌日=1月9日(土)。


3-11 酔っぱらって思い出した

①みんなで中当てで遊ぶ
休日。雪は完全に溶けているので、1-11③よりだいぶ後。②を前提とすると3月6日(日)?
②楓・一穂、酔っ払う みんなの成長に感慨に浸る
一穂の「卒業式の準備で忙しくて」との発言と、3-12①に見るように卒業式を3月18日(金)とするから、その直近。わからないので、ひかげが帰って来やすい土日と考えて、3月13日(日)としておく。

3-12 また桜が咲いた

①卓、分校を卒業する
卒業式なので3月下旬ごろであろう。大安がいいので、3月18日(金)とする。
②みんなでダンボールで滑って遊ぶ
①と同日=3月18日(金)。
③かすみ、産まれそうになる
①と同日=3月18日(金)。
④れんげ、二年生になる 将来かすみと学校に行く約束をする
大安がいいので、4月5日(火)とする。


4.劇場版のんのんびより ばけーしょん

①卓、沖縄旅行券を当てる
②で、ひかげが「私が東京から帰って来る間にそんなことあったんだ」と言っていることから、ひかげが帰って来る3-3①より前。
②ひかげ、沖縄旅行に行きたくて土下座する
ひかげが帰って来ている。
③沖縄旅行1日目 みんなで海に行く
他の出来事の日数の関係と、OVA1話で旅行前日が描かれる(後述)ことから、暫定的に15日としていた2-7①②の日程を13日とし、3-5③を3-6①と同日と考えた上で、8月20日(木)。
④沖縄旅行2日目 カヤック組とシュノーケリング組に分かれて遊ぶ
③の翌日より、8月21日(金)。
⑤沖縄旅行3日目 あおいに島を案内してもらう
④の翌日より、8月22日(土)。
⑥沖縄旅行最終日 夏海、あおいと再会を約束する
⑤の翌日より、8月23日(日)。



5.OVA
OVA-1 沖縄へ行くことになった

①卓、沖縄旅行券を当てる
劇場版①と同じシーンである。
②みんなで旅行の計画を練る
服装が同じであるから、劇場版②と同日。かつ、ひかげがもう参加している(=旅行のことを知っている)ので、劇場版②の後のことである。
③飛行機に乗る練習をする
②と同日。
④みんなでコンビニに行く
②で「明日」と言っているから、③の翌日。
なお、コンビニに初めて行くのは2-4⑥の翌日(シーンなし)である。
⑤れんげ、村じゅうに行ってきますを言う
旅行の前日=8月19日(水)。
⑥みんな、旅行に出発する
旅行初日=8月20日(木)。



6.まとめた年表










2-1→1-1→2-2→3-1→1-2→2-3→3-2→1-3→2-4→2-5→2-6→1-4→1-5→3-3→2-7 or 3-4→3-5→OVA-1→劇場版→3-6→1-6→1-7→2-8→2-9→2-10→3-7→3-8→1-8→3-9→1-9→2-11→1-10→3-10→1-11→3-11→1-12→2-12→3-12の順でみると概ね時系列通りということになるだろう。
アニメ『のんのんびより』の時系列を整理しよう②
2.2期(『のんのんびより りぴーと』)
前回に引き続き、年表を作っていく。今回は2期である。結構特定できた(というか無理やり特定した)
2-1 一年生になった

①れんげ、ランドセルを買ってもらう
②で家でランドセルを背負っているひかげが驚いている(初見の反応っぽい)ことから、②の前日=4月5日(日)。(そうでなければ、れんげはランドセルを買った翌朝にはランドセルを背負ってはしゃぐはずなので、②でひかげがそれについて初見であることはない)
②れんげ、入学式の下見に行く 伝説の剣を拾う
ひかげが「入学式は明日じゃん」と言っていることから、入学式の前日=4月6日(月)。
③ひかげが東京に出発する
れんげと一穂が外出時②と同じ服を着ていることから、②と同日=4月6日(月)。
④れんげと夏海、入学式 同日、一条家が引っ越してくる
公立学校の入学式の日は地域によって異なるそうであり、不明。ただし、②で一穂が仕事に出かけていることから火曜日以降か。友引は「吉事・慶事には吉の日」なので、暫定的に友引である4月7日(火)にしたい。

2-2 星を見に行った

①みんなで定規落としで遊ぶ
公式HPに「「旭丘分校」に転校してきて数日が経った一条蛍は」とあることから、1-1①=4月13日(月)から数日後。服装が異なるから、1-1②と別日。「今度の土曜日」という言い方から金曜日ではない(そうなら明日というはず)。暫定的に4月16日(木)とする。
②蛍、ペチの散歩中に道に迷う
③と同日=4月18日(土)。
③蛍と小鞠、星を見に行く
①で小鞠が「今度の土曜日星を見に行かない?」と誘っていることから、①から直近の土曜日=4月18日(土)。
④蛍、星を見に行った余韻でノートに小鞠の絵を描く
学校なので③の次の月曜日=4月20日(月)?こまぐるみの設計図があるから、こまぐるみを作っている1-2②より前。

2-3 連休中にやる気を出した

①みんなでテストを受ける
公式HPに「ゴールデンウイーク前日」とあること、土曜日も学校があること(2-4②で後述)から、5月2日(土)。服装が異なるから、1-2①と別日。
②れんげ、一穂のやる気なさを一喝などする
③ゴールデンウィーク明けの再テストが返却される
①では試験同日にテストが採点されていることから、今回も同日に再テストを受けていると思われる。そうだとすると、ゴールデンウィークが明けた5月7日(木)か。

2-4 てるてるぼうずを作った

①れんげ、カブトエビを捕まえる
不明。晴れ。田んぼ(同じ田んぼかは不明)の稲が育っているので、1-3①より後か。②より、6月14日(日)。
②れんげ、カブトエビに見惚れる
放課後に夏海が「明日日曜なのにな〜」と言っていることから、土曜日(土曜日に学校があることが判明)。梅雨入りしている。2015年は、地域によるが概ね6月中旬には梅雨入りしているようなので、6月13日(土)か20日(土)か。13日とすると①が7日となり、7日に夏海と小鞠が家出している事に矛盾するから6月20日(土)。れんげが「(明日)自転車が来るん」と言っていることから、③の前日。
③れんげの自転車が来る
②の翌日=6月21日(日)。雨。
④れんげ、てるてるぼうずの格好で外を歩く
③と同日=6月21日(日)。
⑤れんげたち、放課後自転車で遊びに出かける
不明。久々に晴れ。夏海が④について「こないだの日曜日」と言っていることから④の翌週。
⑥ひらたいらさん、死ぬ。れんげ、深く悲しむ
不明。夏海が「明日日曜だし」と言っているから、土曜日。おそらく②の1週間後=6月27日(土)雨。
⑦一同、近くのコンビニに行く(描写なし)
⑥の翌日=6月28日(日)
⑧ひらたいらさんが、うまれました
⑦の翌日=6月29日(月)晴れ。

2-5 お好み焼きを食べた

①みんなでプール掃除をする
不明だが、学校があるので1-4①より前。
②みんなでお好み焼きを食べる
平日。創立記念日。夏海が「昨日も水難当たったし」と言っていることから、①の翌日。

2-6 ホタルと仲良くなった

①大掃除中、夏海と蛍がおしゃべりする ヤモリを見つける
夏海が「明日もらう通知表も超いや」と言っていることから、1-4①の前日=7月21日(火)。
②夏海、蛍、れんげ、セミを採ったりして遊ぶ
夏休みに入っているので、7月23日(木)以降。1-4のいずれとも別日だが、1-4③〜④の間はれんげは毎日ほのかと遊んでいたと思われるから、dとeの間ではない。夏海が①について「こないだいもり池に行ったばっか」と行っていることから①の直近であり、dの前。
③みんなで花火をしようとする ホタルを見る
ひかげがいない。②と同様dとeの間ではないこと、ひかげがdではおり、22日に帰ってきて東京に戻りまたdで帰って来ることは考えられないことから、eより後。22、D、d、d+1、eが連続していたとしてもeは26日であり、e+7は8月2日となる事、ホタルが8月に見られることは考えにくいから、7月であり、e+7日より前。

2-7 思いきって飛び込んだ

①蛍、川に飛び込めず
夏海と小鞠が「明日の午後また秘密基地に行く」と言っていることから、③の前日=8月15日(日)。
②れんげとひかげ、お人形遊びする
①と同日。れんげが仏壇にお米を供えていることからお盆。8月13日(木)〜16日(日)のいずれか。暫定的に8月15日(日)とする。ひかげがいるから、fより後。
(追記:諸事情より、8月13日(木)に改める。劇場版③参照)
③みんなで秘密基地で遊ぶ 蛍、川に飛び込む
①の翌日=8月16日(月)。

2-8 給食当番をした

①みんなで工作する
1-7①と別日だが、夏休みが終わったことを嘆いているから、休み明けそうとうすぐ。9月2日(水)とする。
②給食にカレーが出る
れんげと蛍の服が同じことから、①と同日=9月2日(水)。
③小鞠、小吉さんを直す
休日か。2-9①を踏まえると9月6日(日)か9月13日(日)?小鞠は9月14日が誕生日であるところ、直前感がないので9月6日(日)と考える(ガバガバ)

2-9 みんなでお月見をした

①夏海、池で魚を捕まえる
休日だが、③と明らかに別日なので、9月20日(日)〜23日(水)のいずれか?
②夏海、可愛い服を着させられる
①と同日=9月20日(日)〜23日(水)のいずれか?
③夏海とひかげ、団子を食べてしまう みんなで月見をする
2015年の十五夜である9月27日(日)。

2-10 すごく練習した

①このみ、れんげに自分が妖怪であることを告白 その夜、れんげは自転車の補助輪を外してもらう
休日であり、夏海が「明日さ、去年行った山行かない?」「紅葉綺麗なとこ」と誘っていることから、翌日も休日かつ紅葉の季節。土曜日に学校があると考えると連休である10月11日(日)。
②れんげ、楓の前で自転車の練習をする
①の翌日=10月12日(月)。
③れんげ、風邪をひく 楓、心配してお見舞いする
②の翌日=10月13日(火)?
④れんげ、楓と自転車の練習をする
風邪が治っているから数日後か。駄菓子屋を定休日にした。

⑤れんげ、みんなで自転車で出かける
休日?まだれんげの膝に絆創膏が貼ってあることから、②から直近の休日である10月18日(日)?なお、1-8①と1-8②以降は直近だから、1-8①は1-8②以降同様18日より後か。

2-11 甘えんぼうになった

①小鞠、このみに携帯を貸してもらう
冒頭、蛍が独白で「クリスマスも終わって」と言っているから、12月26日以降。ひかげが朝マックした旨のメールを送ってきており、帰ってきていないことから、②とは別日なので12月30日(水)より前。
②れんげ、年賀状を書く そすんすする
不明だが、年賀状を書いている以上年末。また、③と別日なので12月30日(水)?
③みんなの年末
④の前日=12月31日(木)。
④みんなでこれから餅つきをする 蛍、甘酒を飲んではしゃぐ
れんげ、ひかげ、楓が1-10②と同じ格好をしているので、1月1日(金)。

2-12 一年がたった

①れんげ、伝説の剣を秘密基地に封印する
冒頭が1-12②最後のシーンであり、そこから別日なので1-12②より後。②と同日=3月31日(木)
②みんなでタケノコ取りをする ひなたぼっこをする
この日ひかげが帰ってきた。
れんげが「明日はお花見なーん」と言っていることから、③の前日=3月31日(木)。
③桜餅を作る みんなでお花見する
桜が満開だから、春休みが終わる直前の4月1〜3日くらい?4月1日(金)としておく。

続く

アニメ『のんのんびより』の時系列を整理しよう①
『のんのんびより のんすとっぷ』(3期)が始まり、人生の楽しみがまた一つ増えた。前回も日常系の記事を書いたが、『のんのんびより』もまた、日常系作品の一つの到達点であることは論を待たない。観たことのないオタクは是非ともこの機会に観てほしい。穏やかで優しい気持ちになれること必至である。
さて、『のんのんびより』アニメ版の特徴の一つは、いわゆるサザエさん時空である点にあり(厳密にはキャラクターがループしているというよりは、視聴者の視点がループしていると言った方が正しい)、それぞれの期はみな同じ一年の出来事である。そこで、各期の出来事の時系列を整理し、一つの時系列にしてみようと思った。異なる期をまたぐ出来事が意外と近い出来事だったんだなと気付いたり、それを把握することでより奥深くエモくなれることがあるかと思ってのことである(例えば、2期4話でれんげがリコーダーでドの音を出せるようになっているのは、3期1話で練習したからなんだな〜と思ってエモくなるなど)。
以下の記事の最後に作った時系列表を貼っておくので、結果だけ見たい人はこちらを参照してください。
0.前提
まず、アニメの出来事が西暦何年から何年なのか特定する。2期11話でれんげが未年→申年の年賀状を書いている。そこで、ありえそうな年を調べると、2003年→2004年、2015年→2016年、2027年→2028年が未年→申年に該当するそうである。ここから更なる特定材料はなさそうだが、まあ2期の放送が2015年だったので、多分2015年→2016年だろう。
また、これに加え、この記事では以下のことを前提とする。
・n期m話を「n-m」と表記する。
・同じ期の出来事は、原則として時系列順になっているものと推定する
・名前がわかる登場人物については名前で表記する(「れんげ」「蛍」など)
・ひかげの帰省タイミングは重要なので、留意する
・基点となる日は完全に特定できなくても暫定的にある程度決めてしまうが、ご容赦いただきたい。思い切って飛び込んだ。
・どうにもならない矛盾点もいくつか見つけたが、説明が不可欠である場合を除き、特に書かない。揚げ足を取る趣旨の記事ではないからである。
1.1期(『のんのんびより』)
まず1期の出来事を整理する。もっとも、1期だけ見た段階ではあまり特定できず、下地を作るにとどまった感じがする。2期と合わせる段階で結構特定できるので、ぜひ引き続き2期分も見てほしい。
1-1 転校生が来た

①蛍、転校してくる
れんげの入学と一条家が引っ越して来たのは4月7日(火)である(後述2-1④)こと、この時点でれんげは給食等にある程度慣れている様子であること、①も②も夕方まで学校があることから4月13日(月)?なんとなく月曜日から転校ということにしそうだしな(ガバガバ)
②みんなで桜の下で桜餅を食べる
①の翌日=4月14日(火)?


1-2 駄菓子屋に行った

①小鞠、学校に飴を持ってくる
教室の「今月の目標」にタンポポが書いてあり、これは1-1でも見られるから4月。
②小鞠と蛍、お出かけする
休日。蛍が①の飴を眺めているから、①の翌日か。夏海が雑誌の「6月号」を読んでいるから、4月末の26日(日)か29日(水・祝)。
こまぐるみを作っている。

1-3 姉ちゃんと家出した

①みんなで遠足に行く
②と同日=6月2日(火)。
②小鞠と夏海、怖くて眠れなくなる
①と同日であり、田植えの時期だから6月ごろ。満月であることから、6月2日(火)。
③夏海と小鞠、家出する
休日。②から直近の6月7日(日)か。

1-4 夏休みがはじまった

①みんなでスイカを食べる
終業式。公立学校の夏休み開始日は地域によって様々だが、暫定的に7月23日(木)とすると、7月22日(水)。
②ひかげ、帰省する
①と同日=7月22日(水)。
③れんげ、ほのかと出会う
不明
④れんげ、ほのかと遊ぶ
③の翌日
⑤れんげ、ほのかとの別れ
不明
⑥ほのかから手紙が来る
一穂の「ほのかちゃん帰って一週間も経つのに」との発言から、④の一週間後(もっとも、丁度7日後かは不明)


1-5 水着を忘れたふりをした

①朝ラジオ体操をする みんなで朝ご飯を食べる
不明だが、ひかげがいない。ラジオ体操のスタンプが3日目。蛍が初めて越谷家に行く。
②みんなで海に行く
①と同日。

1-6 おばけになって頑張った

① 夏海、成績表が見つかり、母に怒られる
③と同日=8月30日(日)。
②みんなで蛍の家で遊ぶ ひまぐるみがバレる
①と同日=8月30日(日)。
③みんなで肝試しする 花火をする
①と同日。満月が出ていること、小鞠が「もうすぐ夏も終わりかあ」と呟いていることから、8月30日(日)。

1-7 せんべいがカレーになった

①みんなであやとりと粘土遊びをする
2学期初日。多くの地域では9月1日からなので暫定的に9月1日(火)とする。
②うさぎが逃げる
①と同日=9月1日(火)。
③れんげ、駄菓子屋で遊ぶ
②と同日=9月1日(火)。

1-8 学校でごはんを炊いた

①みんなで飯盒炊爨する
平日。紅葉しているから、10月か。
②このみ、蛍、小鞠でおしゃべりする
小鞠がオトナにこだわっているから、①と近そう。時計が10時10分を指していることから、休日。③より、11月1日(日)?
(追記:10月25日(日)に改める。同様に、③を11月1日(日)、④を11月3日(火)に改める(3-8③参照))
③れんげ、蛍、小鞠で山で絵を描く
②と別日かつ休日。かつ、小鞠が「今日こそ大人の女性として」と②を引きずっているから相当近い。そう考えると、2日前が日曜だった11月3日(火・祝)?
④夏海と小鞠、干し柿を作る
夏海が「せっかくの休み」と言っているから、休日。③と別日より、11月8日(日)?

1-9 文化祭をやってみた

①文化祭準備 ひかげ渋谷で散髪する
②の週。ひかげが制服を着ているから平日。
②文化祭
①で小鞠が文化祭は「今週の週末開催は急すぎ」と言っていることから、日曜日。「秋を彩る一大イベント」と言っているから、秋感の残る11月15日(日)か11月22日(日)だろう。文化祭のためにひかげが帰って来ている。ひかげが1日でとんぼ返りするのはかわいそうなので翌日も休日の11月22日(日)としておく。
③夏海の部屋を片付ける
休日であること、このみの「文化祭が終わってもう一週間」との発言から、②の一週間後=11月29日(日)。

1-10 初日の出を見た

①みんなの年末
夏海母が「明日はもう新年でしょう」と言っているから、12月31日(木)。
②宮内家と楓、初日の出を見に行く れんげと楓、疲れて一緒に眠る
2016年1月1日(金)。

1-11 かまくらをつくった

①みんなで学校に泊まる
平日。冬休みは明けている。吹雪が降る。
②みんなでスキーをする
一穂の「今日は休みだったな〜」から、休日。ただし、1月24日(日)は夏海の誕生日だがそのような描写がないのでこの日ではない。「また雪積もっとる」との発言から、①から最低一度雪が溶けてまた降ったと思われるため、①から2週間くらい経ってそう。
③みんなでかまくらを作る
②と同日。

1-12 また春が来た

①蛍・小鞠、ピクニックする
春休み。3月下旬。
②みんなで山菜を採る
①と別日。
「桜が咲いたらお花見やろう」と言っており、このお花見が2-12である。

1期は以上である。次の記事では、2期について作る。

ノーイベント グッドライフ
0.はじめに
世の中にはいわゆる「日常系」という漫画・アニメジャンルが存在する。日常系とは、登場人物、とりわけ若い女性キャラクター達の会話を軸に、大きな事件や出来事を伴わない何気ない日常を淡々と描写している点が特徴とされる(Wikipediaより)。概ねこのような解釈でいいと思う。有名なところで言えば、ご注文はうさぎですか?やきんいろモザイクなどが挙げられるだろうか。そして、このような大きな出来事を伴わないという性格ゆえに、「中身スカスカでつまらない」「かわいいだけ」などと揶揄されることもしばしばある。
しかし、思うに「日常系」をスカスカと評価するのは妥当でなく、その魅力・価値はかわいいだけにとどまるものではない。(もっとも、個人的には「かわいい」とか「観ていて癒される」という点だけで十分な魅力・価値があると思う。表現物は、実用的であるか否かという尺度で価値をはかられるべきものではないと考えるからである。よって、ここで考えていきたい魅力・価値は、「で、観てどうすんの?w」みたいなことを言う人に対する抗弁のつもりでもある。)そこで、この記事では「日常系」の魅力・価値、我々にもたらすものについて自分なりに考えていこうと思う。主に自分自身が「日常系」が好きな理由を突き詰めようとした結果物なので、人によっては全くピンと来ないこともあるかもしれないが、そこはご容赦されたい。
1.作品を全て観た後の喪失感
「日常系」を観た(漫画ならば「読んだ」というべきだが、便宜上漫画を読むことも含め「観る」と書くことにする)後には、えも言われぬ喪失感に包まれることがある。これは非常に辛いものである。わからない人もそうなんだ〜と思ってもらえれば結構である。

なぜ突然喪失感の話をしたかと言えば、魅力とはそれを失った時に最も身に染みてわかるものだからである。そこで、以下では、魅力をはっきりさせるためにこのような喪失感の正体を考えたい。
(1)「日常系」におけるキャラクターの性質
観た後に喪失感を覚えるのは、要するに何を喪失したのかと言えば、その作品のキャラクターであろう。そこで、ここでは「日常系」におけるキャラクターの性質を考える。
定義から、「日常系」はキャラクター達の会話を軸に、大きな事件や出来事を伴わない何気ない日常を描写するものであるから、そのキャラクターは主に何気ない日常の中で会話をしているということになる。つまり、キャラクターは日常における様々な場面の中で発言し、行動する存在である。
そうだとすれば、観る者からは、無意識にこのような言動や表情からある人格を想定する。そして、言動の場は、ある意味極限状態にあるバトル物やシリアス物とは異なり、日常であるから、同じく日常の中にいる我々にとっては、そのような人格はある種の親近感を覚えるようなものである。例えば、ステレオタイプな捉え方なのでゆゆ式のファンに怒られそうだが、日向縁を見て「この人はぽわっとしてるけど友情を大事にする人だ」と人格を想定し、そういう感じの人はおそらく自分の周りにもいるから親近感を覚えるというわけである(もっとも、見ながら意識してこのキャラはこうだと言語化まですることはあまりない。あくまで例えである)。
もちろん、「日常系」に限らずキャラクターに人格を見出すことはあるが、「日常系」以外においては、キャラクターはストーリーを回すキーあるいは歯車としての役割が多かれ少なかれ与えられていることがほとんどである。それに対し、「日常系」においてはそのような側面がないだけに、観る者はキャラクターの人格性に着目する度合いが高いのではないかと思う。
つまり、「日常系」のキャラクターは、強く我々と近しい人格を備えるという特徴がある。
因みに、現実の人間についても、計り知るためにはその人の言動・表情・仕草などに着目して人格を想定するしかないことはキャラクターに対するそれと共通するという点も、親近感を覚える要因かもしれない。その意味においては、現実の人間の人格とキャラクターの人格の区別は曖昧である。
(2)キャラクターとそれを観る者の関係
そんなキャラクターであるが、観る者とはどのような関係にあるのだろうか。キャラクターに人格を見出しても、自分となんら関係がない他人だと思うのであれば喪失感には繋がらない(し、実際そのような考え方の人もいると思う)から、喪失感があるのなら、キャラクターと自分の間に他人ではない何らかの関係性を感じているはずである。
我々観る者は、1クールアニメなら12話、時間にして約10時間程度その作品を観ていることになる。それはつまり、前述のように人格を持ったキャラクターたちによる日常の会話・行動を10時間にわたり見るということになる。そして、「日常系」におけるキャラクターはほとんどの場合親友同士であり、作品に登場する会話の多くは友人同士(さらには親友)によるものということとなる。
そうだとすれば、ある種の親近感を覚えるような人格(ある意味では現実の人間との境界も曖昧な)を持った友人同士の間に立ち、その会話の一部始終を聞いている我々は何者なのだろうか。そう、それはとりもなおさず友人であると言える。もちろん、キャラクターは我々を認知せず、我々もキャラクターになんら働きかけることはできない点で親友そのものであるはずがないし、また、観ている時も意識して「僕は友達なんだ(ニチャア…)」と考えているわけではないだろう。重要なのは、観る者はキャラクターに対し無意識に友人に類似した感情を抱きうるということである。(全くピンとこない人もいるだろうが、以下ではこのような感情を
前提に書くことにする。すみません。)
(3)喪失感の正体
以上のことを前提とすれば、喪失感の一つの正体が明らかになる。「日常系」を観終わることは、キャラクターとの離別を意味する。そして、先に述べたように、観る者はキャラクターに対し、友人に類似した感情を持つ。従って、「日常系」を観終わることは、”友人”との別れである。観る者が感じる喪失感の正体はそこにある。それゆえに、オタクは続編を望むのである。続編は、”友人”との再開である。
さらに言えば、続編がない限り、我々は”友人”と永遠に隔絶されることとなる。現実において、友人と永遠にお別れすることはそう多くない。通信技術が発達した現在においては、それこそ本当に一切コンタクトが取れなくなるのはそれこそ死別くらいのものかもしれない。それゆえ、喪失感の度合いは強い。(もっとも、キャラクターは友人そのものではないし、観た時間もせいぜい数十時間であり、現実の友人との離別と同視することは到底できない。また、「日常系」においてはキャラクターは終了後も依然楽しい時間を過ごすのであり、死別と同視まですることも不適切である。)
また、このような喪失感を助長するのは、永遠に離別するのは自分だけという事実である。つまり、ストーリーの終焉において、友人間であるキャラクターたちと別れを告げるのは自分だけだということである。もっと言えば、自分が離別した事実にキャラクターたちは気付くことすらなく(当たり前だが)、観終わることによって、キャラクターと自分の間には超えられない次元の壁が厳然と存在することを強く自覚させられるのである。
3.「日常系」の魅力・価値とは何か
では、「日常系」の魅力・価値とはなんなのであろうか。はじめに書いたように、「かわいい」とか「癒される」だけで魅力として十分であることを前提に、さらなる魅力について考えていきたい。
先ほど喪失感について考える中で出た、友人に類似した親近感を出発点としたい。このような親近感を覚えるということは、我々もまた、キャラクターたちと同じように友人たちと日常の中でたわいない会話に興じる経験があるがゆえに他ならない。(現実の友人との間には上記のような超えられない次元の壁は存在しない。)それは何を意味するのか。そう、それは、我々もまた、そのような時間においては「日常系」の主人公に他ならないということである。美少女じゃなくても、JKじゃなくても、人生は「日常系」のような甘い時間だけではなくても、友人とのたわいない時間では、我々は「日常系」の主人公なのである。僕も、これを読んでいるあなたも、あなたの友人たちも「日常系」の主人公なのである。そして、「日常系」を尊く感じるのであれば、我々の友人との時間もまた同様に尊いのである。「日常系」の魅力とは、我々にこのような気付きを与えてくれる点にあるのではないだろうか。

また、「日常系」は「大きな事件や出来事を伴わない」とされるが、そんな日常の中でもキャラクターは友人たちとの間で変化し、成長する存在である。例えば、保登心愛は香風智乃との日常で本当の「お姉ちゃん」になり、香風智乃もまた、苦手の人にも飲みやすいコーヒーを淹れ、うさぎが近寄っていくようになる(これらは彼女が朗らかさを得たことのメタファー・暗示である)。そして、香風智乃の例で言えば、このことは、彼女の夢である立派なバリスタへ大きく近づく変化である。それを踏まえれば、「日常系」は、私たちもまた、変化が乏しいようにも思える日常の中でゆっくりと変化し、成長し得る存在であることをも示してくれているということができそうである。
そういうわけで、自信を持っていきていきましょう(?)お読みいただきありがとうございました。
クソ長い片手交互を安定させる練習仮説
なやまです。昨日じゃんがポップンのお題を募集していたので嫌がらせでにゃんこジャズを投げたら985パフェ出されてうつ病になりました。
片手交互が延々と続く配置、誰しも多かれ少なかれつらくなっちゃうものです。(ですよね?)僕も多分にもれず超苦手で、かつて46から60曲くらい選んで一発スコアを競った時アジコンリミの最後がグドハマりして88kとか出して無事最下位になりました。
それゆえ、いい加減運ゲーやだな…と思ってたら、降ってきた。これだよ。実践してないので技術的に可能かわからんけど、いい線いってる気がします。
にゃんこジャズの例の箇所で説明していきます。

辛い。見るだけで動悸がする。曲は最高。
右手のトリルを下のように逆餡蜜します。(技術的にほんまにできるのか?にゃんこジャズのBPMじゃできない気がしてきた)

間違い探しかな?
トリルを3つずつ分割してそれを大げさにタカタッタカタッタカタッ…としました。まずはこれで叩きます。
何回もやってそれに慣れてきたら段々とタカタッを緩やかにしていって、グッドが出ないくらいまでに落とし所を探します。
グッドが出なくなってきたら完成!
本当に出来るのかな…パフェ抜け安定は無理でも大外しはしなくなる気がするんだよな、出来なくてもやるんだ、それしかないんだ……
それに、左手を出張させるタイミングがわかりやすくなる気がする。

前上手い人に言われたのは、拍の頭を気持ち強めに叩くと良いということでしたが、それはこのプロセスのゴールにある認識である気がします。こういうところで思考がつながってくると気持ちいい。
一言で言えば、逆餡蜜して段々崩していくってことですね。一言で言えちゃった…
まずは遅めの曲から実践して勘を掴んでいきたいですね。